中学の同級生に見られたら穴を掘ってブラジルに行きたい

脳脊髄液減少症を再発し、闘病中。寝たきりだけど、言いたい!

everyで特集

news everyで脳脊髄液減少症が特集されていたようです。

かにゃーです。

エブリーで特集されたと聞いていたのですが、テレビで見逃した!と思ったらネットで公開されていました。

 

every.特集 | news every.−「ミンナが、生きやすく」−

 

http://www.ntv.co.jp/every/feature/20170627.html

every.特集 | news every.−「ミンナが、生きやすく」−

 

 高校生の男の子、私は自分に重ねてしまいました。自分は高校生のころに発症しているのですが、当時学校大好き、部活大好き、だったのにぜんぜん通えなくなって、本当につらかったです。病気がわかるまでは、精神的なものだと言われたのも悔しかった。

 こんなに、高校好きなのに、不登校になるかよ!?って思ってました。

 彼は「一生付き合っていかなきゃいけないかもしれない病気だから。」ということをいっています。それがきちんと言えるのが、えらい。行動し始めているところも、えらい。

 でも、当時のことを思い出すと、そういう考えに至る過程が本当につらかったのではないかと想像しました。

 そういう過程は周りには、見えづらいものだけど、自分にとっては一番大事。

 病気が一進一退なのと同時に、気持ちも常に前向きでいるのは難しいです。それでも何とか前を向こうとする彼に私もやれることからやらないと!と心から思います。

 

 もう一人の女性の方、大学院生で楽しく仲間と話す様子が映っていたのが印象的でした。あそこまで回復して良かった、と思いました。きっと、見えないところで大変なこともあるかもしれないけど、あの時は良かったって。他人なんだけどさ。

 

 ブラッドパッチの様子を映してましたけど、お二方えらい。私はもっと「うぐぅー」とか「あ"ー!」とかうるさかったと思います。あの映像では痛くないように見えるけど、かなり痛いから、お二方えらいわ...。

 

 ...ともかく、私もやれることから始めていきます! 

制限の中で楽しむこと

かにゃーです。

外出できなくても、何とかストレス発散しようと試行錯誤しています。

1、家の掃除

→汚いものがどんどんなくなって、整理されていくのが、気持ち良い。家族にも役立てて、自己肯定感も上がる...。

2、大人の塗り絵(DAISO商品)

→何の役に立つものでもないが、無心になれるので、色々考えずに済む。

まだ2枚ですが、気持ちを上げようと、とにかく好きな色で、明るい色で塗ろうとしています。

 

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3、握力を鍛える

→筋力が落ちているので、できるところから始めています。

短いですが、今回は以上です。

薄い紙を重ねるように回復したい


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脱水注意!

 かにゃーです。暑いですね。脱水に注意です。

 主治医によると、1日に摂る水の量は2リットルと言われるけど、あくまでそれは目安だから、2リットル摂ったからと油断しないようにとのことでした。

 食事や運動量、部屋の温度等、環境によっても必要な水分量は変わるそうです。

 そりゃそうですよね。暑い日にはこまめに水分摂らないと。

 それから、対策していても熱中症になることはあるそうなので、油断禁物ですね。熱中症で救急に運ばれる人のほとんどは熱中症対策していたつもりらしいのです。

 「水飲んだから大丈夫。」と思わず、扇風機、クーラーを上手く使いたいところです。

特に、今はまだ「病人」ですからね、弱ってますから... 。

 

梅雨!

 梅雨入りしてから気圧が安定せず、脳脊髄液減少症患者は、体調悪化する人が増えてると病院で聞きました。

 私も同じです。頭が急にものすごく痛くなったり、吐き気がしたり、身体が重くなって、横にならなくてはいけなかったり。

 それでも、少しずつ回復して、晴れの日は散歩に出られるくらいになりました。

 ついこの前までは寝たきりだったので、ほんの少し、本当に少しずつ回復してきています。まだ定期的に外に出られるわけではないので、周囲にはたぶん、伝わりづらいけど、自分の中では前進している感じがしています。

 少しずつ、少しずつ!

 

それで、雨の日が特に体調が悪いと伝えると、梅雨の気圧対策にトラベルミンを処方されました。酔い止めの薬にも使われる、あれ。

 体調が悪化すると飲むのですが、眠くなって、すぐ寝てしまう。そういう人は前日の夜に天気予報で次の日雨だと出たら、寝る前に飲んでも効果があると医師からアドバイスされましたが、私の場合、雨だと絶対悪い!と決まっているわけではないので、まだ寝る前に飲む作戦はやっていません。薬が効いて良いのか、回復してきて良いのか、知りたいので。

 それで、肝心のトラベルミンの効果ですが、あんまり分かりません...。

 トラベルミン飲んで寝たら少し良い感じがするから、効果ありなのかな。

この病気に焦りは禁物だから、とにかく少ーしずつ、紙一枚一枚重ねるように治していきたいです。

ブラッドパッチなどについて

病気のことについて整理します

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 脳脊髄液減少症になり、ブラッドパッチをしたという記事を書き、何ヶ月か経ちました。何人かの方がブログを見て、コメントをくださいました。おそらくあまり聞かない病名で、ブラッドパッチについても不安があり、その名前で検索されているのだと思います。今年の1月に受けた体験記はこちらです。

ka2nya8.hatenablog.com

 

 ここでは、現在の状況や、ブラッドパッチを受けた後、振り返ってどうだったかなどについて書きたいと思います。私は医者ではないので、患者として経験したことについてのみ書きたいと思います。また、症状やブラッドパッチ等の効果は私自身が感じたもののみに限ります。

 

 1、現在の状況について

 今年の1月に再発してから2回目のブラッドパッチを受け、約4ヶ月経過しましたが、一番困っていた目眩の症状はなくなりました。ブラッドパッチを受ける前は、寝たきりの状態でしたが、今では少しずつ外出できるようになっています。その他の頭痛や倦怠感は軽減し、症状が現れない日や、時間もあります。

 体調がまだ安定せず、起きて、少し歩いて、休んで、座って、など基本的な動きをしつつ、体力をつけることで精一杯なので、仕事復帰を目標にしています。

 

2、ブラッドパッチを受けて良かったと思うか。

 ブラッドパッチは、人によって効果の差があるそうです。また、ブラッドパッチで逆にもっと症状がひどくなったケースもあると聞きます。

 しかしながら、私個人は、受けて良かったと言えます。ブラッドパッチを受けていなければ、今も寝たきり状態だったのではないかと思うからです。

 ちなみにブラッドパッチをする前、画像判定では漏れは微妙なのと、RIシンチの数値はボーダーでした。

 

3、ブラッドパッチは痛いか。

 痛くないといったら嘘になります・・・。痛みは、腰、背中、首など受ける位置によっても違うように思います。私は首に注射したのが一番きつかったです。

 おそらく、ブラッドパッチを受ける時に、自分の背中側に注射するので、見えないことで、余計に怖くなるのではないかと思います。「え、今なに?麻酔しますって言われた。これは麻酔か。それでも痛いぞ。針入ってる?」と不安になりました。

 他の手術などを経験したことがないので、痛みは比べられないのですが、もちろん麻酔はしますし、そんなに時間もかかりません。痛いけど、我慢できるから頑張って!(焦りまくったこの前の自分に対して)

 

4、点滴は受けているか。

 同じ病気でも、点滴を受けると少し楽になるということで、病院に通っている人もいますが、私はブラッドパッチをする前からあまり点滴で効果を感じませんだした。なんとなく「まし」な感じがする時もありましたが、うーん、という感じ。今は点滴は受けていません。

 

5、症状緩和の方法、気をつけていることはあるか。

 主治医の先生にも言われるのですが、本当にこれは、人によって違うようです。私は特別な方法を持っていません。水分をよく取る、頭が痛いときには、頭痛薬を飲む、少し疲れたと思ったら横になる、重いものをなるべく持たないようにする、などです。

 あとは、焦りから、無理してしまう傾向にあるので、一つできたら次に行くのに一息つくことにするなどを意識しています。例えば、皿を洗ったら、一旦座ったり、横になってから、次の作業をする等です。自分に「できる、できる」と無理をさせるとその反動が必ずやってくるので、焦らないようにしたいものです・・・。

 

5、障害年金はどうしてるか。

 申請はまだ考えていません。何年も働けなかったら真剣に取り組まなければいけませんが、回復傾向にあるので、働けるように何とか、と今は考えています。

 

 以上、今整理できることについて書きました。もしも、何か聞きたいことがある方がいたら、コメントいただければと思います。

 ここに書きましたものは私個人の生活についてのことですし、それ以外のものを否定するものでは一切ありません。症状や生活環境、つらいものはつらく、痛いものは痛い。それはそこに確実に存在しています。ですから、そういうつらさや痛さが、少しでも改善しますように。何かあった方法が見つかりますようにと願うばかりです。

 

 

明るいきざし、ブラッドパッチ後に。


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 寝たきりになって、自分はこの世の中に必要のない存在だと思うこともあった。自宅のベッドから動けず、このまま家から出られないんだろうと思っていた。

 しかし、今は最寄り駅まで自力で歩き、少しの間なら電車に乗ることもできるようになった。

 自分は考えていた。現実は、想像を越えることはできないと。今でもその通りだと思う。喜びも、苦しさも、想像しているより、その時に現実に向き合ったときの方が、何倍も心に響く。

 4月に桜が見られたのはとても嬉しかった。嬉しかったとしか言えないのだが、嬉しかった。細かく言うなら、うつうつとした気持ちで昨年から家のベッドで過ごし、どんよりとした空気が自分から発されているように感じる日々が、自分の首をしめていた。

 その日々が、窓を開け、空気を入れ換えると酸欠状態が終わるように少しずつ変わってきたように思う。

 2回目のブラッドパッチの効果と、仕事を辞めたことの精神的余裕と、友達の存在と、それに春が来たことでの暖かさが加わった。

 もう、何のために生きているのかと自分を卑下するのはやめよう。というか、結局のところ、それは誰にも分からない問題で、考えて、自己嫌悪になるのは、あまり意味がないということが分かってきたからだ。もちろん、今までもわかってはいたのだが、実感してきた、という意味で。

 何のために生きているのか?という答えはそれぞれ自ずとどこかで出るのだろう。考えた先の闇の中にあるものではないような気がしている。そのうち分かるか、分からなくても、もう良いのだ。

 私は、もう充分苦しんでいるのだから、これ以上、自分から余計に苦しむ必要はない。この苦しみというのは、誰にでもあるものだけど、比べられるものではないし、その人が苦しい、つらいと思えば、そうなんだと思う。だから、他の誰にも、それを否定できないと思う。

 それで、他の人より苦労したんだから、これから幸せになれるかとか、そういうことも思っていない。他人とは、何においても全然比べられないということが、これも、分かってきたからだ。これはとてもすごい収穫だった。

 幸せや、不幸の量は比べられない。幸せや不幸は量にできないからだ。同じ単位でなければ、比べることはできない。

 逆に、誰とも比べられないというのは、絶対的なところで他人とは、分かりあえないということでもあると思う。とても孤独だが、それが当たり前なら仕方ない。究極的な部分を分かりあえないことを余計に寂しがるより、分かり合えたことを認めるべきだ。

 そうやって、毎日に明るいきざしが見えてきた。

 

毎日気を使って疲れてしまう人へ

謙虚さと贈り物

 以前、100分de名著で見た『野生の思考』から学んだことで、贈り物について書きました。ここから開けたことがあるので、ひもといていきます。

野生の思考とクリスマスプレゼント

気になったのは、

○人は冬に贈り物をしたいという本能をもっていること

しかも、それぞれが、

○贈り物をする習慣を自分の文化に持つことです。

 そこで、日本についても考えてみましたが、日本でも1年間お世話になった人にお礼の気持ちを込めてお歳暮を贈る習慣があります。

◇冬は贈り物をしたいという本能

 それに、番組で言っていたのは、

◇人間には贈り物をすることで、相手に貸しを作りたいという本能

 があるということでした。

 贈り物をすることで、相手に貸しを作りたいという本能があるというところが面白いと思いました。たしかに、きちんとお礼の気持ちも込めて贈る、その気持ちに嘘はないでしょう。でも、それだけではないというところが、説得力があります。

 何かもらったら、お返しをしたいと思う、しかも、良いお返しをして、優位に立ちたいと思う気持ちが備わっているらしいのです。

  簡単に言うと、贈り物をするというのは、相手に貸しを作って優位に立つという要素があるということでした。クリスマスの起源は、悪魔が悪さをしないよう、もてなし、贈り物をするということでした。ここから、人間の本能には、贈り物は貸しを作るという心理があるということだったと思います。

 自分の行動について変だと思うことがありました。私とても面倒くさい人間なのですが、それは、LINEのやりとりで自分が最後にならないとなんだかもやもやするとか、プレゼントはあげる方がもらうより心持ち楽だとか、常に相手に嫌な思いをさせないだろうかとか些細なことが気になっているとか、そういうことに現れています。

 例えば、電車で会った、その場でしか会わない人にさえ色々考えてしまうのです。間違ってぶつかったりして、相手が嫌な顔をしていないかすごく気になります。その人が家に帰って、「今朝、どんくさい女の人にぶつかられてさ。」と話題にされることを心配します。それは無駄な神経の使い方だと思いますが、そういう細かいことがどうしても気になります。

 細かいことが気になるので、プレゼント選びはものすごく考えて、時間をかけます。でも、選び終わったところでほぼ、私の中で「プレゼントイベント」は終わっているのです。渡した時に相手がどう反応するかはあまり気にしないのです。渡したらその場ではみんな喜んでくれるので、その後使ってくれるかどうかはその人が帰ってから決めることだと思っているからです。私にとっては、とにかく、「選んで、渡す。」ということに重きを置かれてることに気がつきました。

 自分のことなのですが、この重きの置き方は変だと思っていました。プレゼントとは、相手を喜ばせるためのものです。それなのに、相手の感情よりも自分の行動に重きを置くのは変だと思っていました。しかし、「プレゼントを送る=貸しを作る」という式を使えば、見えてくることがあります。

 乱暴な言い方をすると、他人に優位に立たれたくない気持ちが強いのだと思います。いつも謙虚にしていようという気持ちは純粋な部分も確かにある。でもその中には、「謙虚でいれば、誰にも不快に思われないから、自分にとって得だ。」という要素がある。これって、謙虚というより、あざといと思うのですが、仕方ありません。確実にその要素があります。

 得だという点に沿って考えていくと、細かい部分が気になることも何となく理由が見えてきました。相手に不快に思われないように、謙虚に見えるように、ちゃんとしている人に思われるように、LINEにしろ、日常の行動にしろ、プレゼントにしろ、全部貸しを作って優位に立ちたい、「正当」な方法で「得」をしていたい。そういう心理があるように思いました。ああそうか、自分はあざとい人間なのか。そう気づくと少し楽になりました。それなら、変に神経をすり減らす必要もないのではないか。

 

 せいぜいあざとい人間として、神経をすり減らすことを減らして、謙虚の純度を高めたらどうかと。その方が自分も周りも得ではないかと。

SNSの使い分けは、住み分け。

SNSでもそれに見合った発言をする

Twitterだと人格が変わるやつがムカつく、隣人に見せられない人格をネットで作るな!と、いつかの「僕らの時代」で語っている女の人を見た。そのことについて考えていて、何となく思ったことがあった。

 確かに、ネット上には変に噛み付く人達が、掃いて捨てるほどいて、有名人だけでなく、注目される人は絶賛と炎上のコメントを浴びている。そして心無いコメントを故意にする人もいる。そういう人に対して、その女性タレントは「ムカつく」と言っていたのだと思う。ムカつくのも普通のことだ。

 しかし矛先を自分に向けてみると、どうだろうか。わざわざ有名人や、注目される人に暴言を吐いたりはしないが、友人に堂々と見せられる内容のことを呟いたり、書いたりしていない。

 むしろ、「リアル」な友達に言えないことだからこそ、ネット上で呟いている。

 たとえば、病気になると、健康な人が羨ましくなる。

 でも、そのことは友達にはいえない。なぜなら、そんなことを言ったら、心配してくれている友達を悪い気分にさせてしまうと思うからだ。心配した友人が「あなたが羨ましい。」と言い出したら、怒ったり、ひいたりすると思う。それに、友達には友達の楽しみとつらさがあって、家から出られない(出られなかった)自分には分からない。

 そういう羨ましさや、妬みを含んだ感情を吐き出すためにTwitterを始め、その延長にブログを始めた。同じような人がネット上にはたくさんいるのではないか。というか、リアルな世界では誰も理解してくれなくても、ネット上に居場所がある人はたくさんいると思う。インターネットが普及してから何年経ってると思ってんだ!と言われそうだが、そういう人は、隣人に見せられない人格をネット上で形成しているわけだ。誤解されそうなので、書いておくと、法に触れることや、人を傷つけることを肯定したいのではない。ただ、知っている人のブログやTwitterを見て、知っているものとちがっても、批難できないなということを思ったのだ。

 欝日記や、欝ツイートと呼ばれるもの、そういうものは面倒くさい。でも、面倒くさいのは、自分の現実の生活に入り込んでくるからだ。そのものにあった場所、そういうことを呟いてもいい場所では批難されなくてもいいのではないか。裏アカを作る人にはそれなりに抱えているものがあるような気がする。

 誰にも見せられないなら、紙媒体の日記に書けよと思うこともある。でも、ネット上に書くのは、やはり、顔の知らない人で、同じような境遇の人に見てもらいたい気持ちがどこかにあるように思う。

 それで、Twitter上ではそういう暗い内容は合うように思うけれど、インスタやフェイスブック合わないのは、顔が出ているからではないかと思う。そこでは、HAPPY!な内容を投稿することが適切になる。有名人を筆頭に、真上から撮った食べ物の写真、海外の写真、加工した景色、イケメンの彼氏、など。ドラマに出てくるようなものを投稿するのが「合っている」場所になる。フェイスブックでは、結婚、出産など近況を明るく発表するのが「合っている」ということになる。それぞれに使い分けがされていくわけだ。

 フェイスブックで他人が羨ましい、妬ましいと思った時期もあったが、そのことに気付いてしまえばなんとも思わなくなった。選んで投稿しているだけだ。そりゃ自慢したい気持ちもあるだろうが、そのHAPPY!の事象があったから、投稿しているのだ。いつもいつもそのことが起こるわけではない。みんな普通だ。そう思うと、とても楽になった。