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中学の同級生に見られたら穴を掘ってブラジルに行きたい

脳脊髄液減少症を再発し、闘病中。寝たきりだけど、言いたい!

ほぼほぼ櫻井翔

f:id:Ka2Nya8:20161208125710j:image

新語「ほぼほぼ」をそれなりに考察してみた。

 かにゃーです。

 少し前になりますが、三省堂の「辞書を編む人が選ぶ今年の新語2016」の大賞に「ほぼほぼ」が選ばれたという記事を読みました。

 タイトルの櫻井翔さんには最後に登場して頂きます。

 さて、繰り返す用法の言葉が気になって、考えてみました。

まず、繰り返す言葉を畳語(じょうご)というようで、山々、青々、ぬくぬく、やすやす、など無秩序に並べるなら日本語にはたくさんあるようです。

 ネットで検索するとたくさん出てきます。しかし、この畳語という分類があるという一点だけで「ほぼほぼ」を使うことを許容するには危うい気がします。そもそも、許容して使っている人がどれほどいるのか分かりません。

 それに、研究するならもっと文献を読みたいところです。

 そこで、ブログレベルでほぼほぼについて考えたいと思います。繰り返します。ただのブログレベルです。

 

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 譙(2001)では、畳語を以下の七種類に分類している。

(1)名詞成分の畳語

 いろいろ たびたび ときどき みちみち もともと など

(2)動詞成分の畳語 

重ね重ね 沁み沁み 恐る恐る 泣く泣く など

(3)形容詞成分の畳語

 あおあお ちかぢか ながなが ひろびろ など

(4)形容動詞成分の畳語 

いやいや けちけち 稀れ稀れ など

(5)副詞成分の畳語 

ただただ なおなお またまた まだまだ など

(6)音象徴成分の畳語 

うつらうつら うとうと かたかた こせこせ などその他 おさおさ つくづく つらつら ほとほと など

(7)その他 おさおさ つくづく つらつら ほとほと など

 つまり、畳語の中でも繰り返す語によって、成分が異なり、それらを一括して考えることは語彙体系を乱すことになる。

 譙(2001)では、七種類に分類した後、更に範囲を限定した上で考察が進むが、ここでは「ほぼ」という副詞から派生した「ほぼほぼ」のみが対象のため、副詞成分の畳語について考えることにする。副詞成分の畳語のみに注目していくと、同著に以下のようにあった。

副詞成分は重複して畳語副詞を構成しても,「また」と「またまた」など,同様に3.16 に現れるように,意味項目間に変動のないものが多い。

 ここでの3.16はその前で畳語を国立国語研究所編の『分類語彙表』に基づいて分類したコードらしい。

 注目すべきは意味項目に変動のないものが多いということである。簡単に言うと、副詞を繰り返した畳語は語彙体系上では変わらない分類になることが多いということである。

 どういうことかというと、同著には

「色( 1.50「光・音・色・材質」)

→いろいろ(3.13 「繁簡・出来」)」

このようにあり、繰り返すことで語彙のコードが変化することが述べられている。

 「また」と「またまた」も同じではないが、その違いは、「色」と「いろいろ」より大きいと感じられるのではないだろうか。

 話を「ほぼほぼ」に戻す。「ほぼほぼ」も、「ほぼ」を強める意味として使われるため、語彙としては同じように分類されると思う。

 つまり、畳語副詞という点のみでいえば「ほぼほぼ」は現れてもおかしくはない語だと考えられる。

 この点については、ホームページページでも述べられている。

 古代から「いと」を強調して「いといと」と言うなど、日本語には繰り返しことばが多いのです。「ほぼほぼ」もその伝統に則っています。ただ、広まって日の浅いことばなので、口頭語の感じが強いのは否めませんが。

三省堂辞書を編む人が選ぶ今年の新語2016より)

 つまり、繰り返すと意味が強調されるという感覚は古代からあるようだが、許容されるには時間がかかる。三省堂の新語2016はインターネットのフォーム、Twitterから投票で選考されたため、話し言葉や、書き言葉より話し言葉に近い、SNSによって使われる言葉である。

 

結論

 「ほぼほぼ」は語彙の分類上では生まれてもそれほど不自然ではない。しかし、繰り返すと意味が強調されるという感覚から口頭、また、SNSで一部許容される言葉である。今後広く残っていくかどうかは口頭で許容されるかどうかが問題だろう。

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おまけ

 題に登場していただいた櫻井翔さんですが、彼は「ほぼほぼ」を比較的言葉の出始めの頃から使っているように感じていました。私が「ほぼほぼ」の存在を意識したのは彼が使っていたからです。

 私は嵐ファンなので、嵐の番組をよく見ているのですが、彼らが使うことで許容度が広くなるよう感じています。勝手な解釈ですが。

 とくに櫻井さんはニュースキャスターの仕事もしているので、キャスターとしての語彙とバラエティとしての語彙を意図的に使い分けているように思います。

 アイドルとはいえ、キャスターが使っている語には何となく信用度があるように感じ、許容度が上がるのではないかと思いました。

 私が嵐から多用されるようになったと目をつけている言葉がもう一つあります。

 「超絶」。嵐が使うようになってから「超絶」がテレビやSNSの中だけですが、増えているような気がします。

とはいっても、ただのブログレベルで考えたと思っておいてください。ただの感覚!

 

【引用】

2001譙燕『畳語副詞の意味−成分の意味とのかかわり− 』同志社国文学 玉村文郎教授退職記念号

https://www.google.co.jp/url?sa=t&source=web&rct=j&url=http://doshishakokubun.koj.jp/koj_pdfs/05415.pdf&ved=0ahUKEwiQq-3DuePQAhXDKpQKHa6hDJwQFggaMAA&usg=AFQjCNEJBKzebyOvIWsIfIKVBcQhdfy6vw&sig2=S-nr5bfohhqmHXORW3joyg

(2016.12.8参照)

 

三省堂「辞書を編む人が選ぶ今年の新語2016」

http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/topic/shingo2016/2016Best10.html

(2016.12.8参照)