中学の同級生に見られたら穴を掘ってブラジルに行きたい

脳脊髄液減少症を再発し、闘病中。「中学の同級生に見られたら穴を掘ってブラジルに行きたい」というのは、最初は精神的なことを書いていたので中学校の同級生に見られたら恥ずかしい内容という意味で付けました。

誰かと繋がりたいと願いながらも


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 かにゃーです。  病気が再発したことでTwitterを始めましたが、そこで考えたことについて、しのごの書きたいと思います。 1.Twitterを始めた理由

2.脳脊髄液減少症という病気

3.Twitter上での繋がり

4.現実での繋がり

5.結局のところ

 

1.Twitterを始めた理由

 病気のことをあまり友達に話していないので、現実の友達と繋がらず、やっています。 病気のつらさを同じ病気の人と繋がって、愚痴を言い合ったり、つらいですね、頑張りましょうね!と言い合ったり、治療などの情報を交換したりするために作りました。

 2.脳脊髄液減少症という病気

 私の病気は脳脊髄液減少症という病気で、この病気は、あまり知られていません。研究段階で、現段階ではブラッドパッチという治療方法が有効とされています。でも、人によって効果や副作用的なものがいろいろあるらしいです。

 症状も人によって様々で、自分の症状の主なものは目眩、頭痛、吐き気、だるさ、歩くと目の前が暗くなってくる、といったものです。色々あって(病気についての今までのことは別に書きました。)

 今、私はほとんど起きていられない生活をしています。座っていても、目眩や頭痛がして、どうにもならない毎日です。だから横になってほとんど過ごしています。これは、経験してみると、何も出来ない無力感で、自分が駄目な人間に思えてきます。

 3.Twitter上での繋がり

 Twitter上にも自分のような人や、その家族の方がいて、どの人も病気の症状や、周囲の理解不足による心ない言葉に傷ついています。それでも、懸命に生き方を模索している人ばかりです。このような人たちと繋がることができて、とても助かっています。しかし、難しいのは、症状が人によってかなり異なっているということだと思います。

 実は、自分より症状が重い人を見ると、何と言っていいか、だんだん分からなくなってくるのです。 「おつらいですね。お互い頑張りましょうね。早く治るように祈ってます。」  私の言葉で、傷つかないようにと思うと、言葉がなくなってきてしまいます。

頑張りましょう→頑張ってるだろうしな..

早く治りますように!→本人が一番思ってるよな...

無理しないように!→無理しないと生きていけないよな...

 考えすぎて、アホなのかもしれない。 私自身、同じような言葉を掛けてもらって、とても嬉しかったです。それでも、言葉を掛けてくれる人が何と言っていいのか、迷っているのが分かることがありました。そういうとき、申し訳ない気持ちになりました。

 迷わず元気な時と同じように話してくれた人がいると、とても心が落ちつきました。自分が、病気の前と何も変わっていないと思えたからです。

 それでも、自分自身が他の病気の方に掛ける言葉に迷わないことは、たぶんないでしょう。私自身が病人で、症状をただいま経験中、だから。

 Twitterの中には、個人的にやり取りする人もいるのですが、同じ病気でも、私の苦しみは私だけのもの、彼らの苦しみは、彼らだけのものだと改めて感じます。同じ境遇の人と繋がろうとしたのに、結局一番苦しいところは自分で乗り越えないといけないんだと思うと、生きていくって厳しいなと思います。

4.現実での繋がり

 私の友達はとても優しく、病気のことを話すと優しい言葉をかけてくれます。 「早く元気になってね!治ったら遊びに行こうね!」私は友達にとても感謝しています。それでも、「ありがとう」としか返せない自分に不甲斐なさも感じています。ありがとうに最上級があれば良いのになと思います。

 arigatoest!アリガトエスト!(...もしもあったら、good -bestみたいな不規則活用でしょう。「えー、est付けたら良いって言ってたじゃん!」っていうやつの仲間入りだろうな。)

 そして、その次には何と言っていいのか分からなくなって、「元気になってたら遊んでね!じゃあね!ばいばい」と言ってしまいます。 友達はみんな働いていて、とても忙しい。私も働いているときは本当に忙しかったので、忙しい人の生活がよくわかる。だから、病気になったからといって、負担になりたくないと思ってしまう。

 本当はなんでも良いから話をしたいのに、ありがとうと言った後、どんな話をしたら良いのか、分からなくなってしまう。連絡したら、優しい言葉をかけてくれる友達を前に、自ら独りになることを選んでしまう。ばかなんだろうか。こうなると、余計にストレスが溜まり、身体の病気に加え、精神的につらくなってくる。

 最初は恋人を頼っていました。つらくて、消えてしまいたいと言った私の話をきちんと聞いてくれました。それでも暗くて、長い電話が続くのは、彼に取ってもきつい。立場を逆にして考えれば、当たり前のことでした。  そして、長い電話のあと、これが続くのは厳しいと言われました。そのとき、私は息も出来ないくらい苦しくなりました。それでも、彼の言っていることが、よく分かりました。私と彼は別の人間で、彼には彼の仕事や生活や、考えがある。負担にはなりたくない。とても重い女になっている。こんな女と付き合うのつらすぎるっ!そう思いました。  だから、何とか泣かずに、息が苦しく、出ない声を何とか絞り出して「だいじょうぶ。」と言って、電話を切りました。彼には申し訳なく思っています。

 

5.結局のところ

 あーあ、結局、私は誰かに構って欲しいだけの構ってちゃんになっているだけだなと思います。

 でも、それをいっちゃーおしめぇよ!!!

 何とか面白いことを探して生きていかねば。