中学の同級生に見られたら穴を掘ってブラジルに行きたい

脳脊髄液減少症を再発し、闘病中。寝たきりだけど、言いたい!

逃げ恥最終回で伝わったメッセージ

 今年の紅白の審査員に新垣さんが決まりましたのでこれは、、、恋ダンスの予感がしています!

 毎週楽しみにしていた逃げ恥が終わってしまいました。さみしい。最終回前に気になっていたのは、結婚して、家事の対価が給料で支払われないのは、搾取なのか?ということです。

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 たぶん、こんな感じだと思いました。

 普通、家事業というのは、お給料は発生しません。(お母さんのありがたみを感じます。今まできちんとお礼をしてこなかった自分を反省します。)

 それまでは、お給料もらっていた分、家事業務を完璧にこなしていたみくりですが、その仕事を結婚して、妻としてもやるのは無理があるということでした。うむ、たしかに。生活費と愛だけで、毎日ぴかぴかに部屋を綺麗にできるか、ご飯を作れるか。愛ってそもそも数値化できないし...。

 では、これに対する解決として、逃げ恥の最終回で伝わったことについて書きたいと思います。

最終回で伝わったメッセージ

 読み取ったことについて、もうここで、書いておきます。

「みんなに通じる方法はないから、二人でずっと模索していくんだよ。ゴールや、理想形はないから、二人でいられるようにシステムを作って、改善し、壊し、作ってを繰り返すしかないんだよ。」

 ドラマを通して、みくりと平匡だけでなく、ゆりちゃん、風見さん、沼田さん、日野さん。ゆりちゃんの後輩の梅原くん、みくりの友達のやっさん...など。それぞれ懸命に生きているけれど、課題を抱えている。それは、普通ではないことだったり、幸せのなかの苦労だったりする。でも、それぞれのパートナーとの関係があって、形がある。どれが良いとか悪いとか、それから、パートナーと離婚したって、誰も駄目とは言っていない。

 それぞれに課題はあるけれども、何がゴールということはないから、模索し続けなさいってことだと思いました。 

 そして、平匡とみくりは、雇用主と従業員という関係ではなく、共同経営者として、家庭を運営していくと答えを出していました。(真田丸風演出は秀逸でした。)

 現代の夫婦の理想をかなえる目から鱗みたいな方法を求めてたけど、そうじゃないってことなんだろうなあ。

 お父さん、お母さんも、おじいちゃん、おばあちゃんも、そのずっと前も、結婚や家制度の強制力が今より強かったという点を除けば、同じように二人の関係を模索していたんだろうなとも思いました。つまり、愛の対価である、二人の関係性です。

 ただ、夫婦の形の選択肢が広がって、今までなかった選択肢を選んで、生活がつらいと、「失敗」に思えて、

「なんで、こんな夫なんだ、妻なんだ、世の中なんだ」と思って、自分の選択を責めたりするのかもしれません。

 でも、つらい気持ちから、昔に戻れば良いかっていうと、そうじゃなくて、結婚したら、男は仕事、女は家庭と規則のように決まっているのと、自分で選ぶのと、ちがうと思います。

 選択肢が広がった分、やってみたり、変更したり、改善したりすれば良い!って言われた気がしています。「共同経営者」ってそういうことではないかと。

 二人で希望やアイデアを出しあって、改善して、壊して、再構築する。愛の対価に見合うように、二人がもやもやする限り、改善が続いていく。我慢できる程度に抑えられるまで、でもどちらかが、我慢しすぎないように。

 みくりと平匡みたいに真田丸風会議を開かなくても、普通に奥さんと旦那さんの話のなかで行われていることなのかもしれないですね。結婚している人たち、すごいなあ。

 一人でも面倒なら、二人でいようと思える相手がいたら、幸せだなとも思います。面倒くさい生活の中で、ちょっと幸せを感じるっていうのが、良いのかもしれません。

 「みくりさんのことを一度も下に見たことはありません。」と言った平匡さんに、思わずハグしたみくりの気持ち、よく伝わりました。外での収入ではなく、みくりの自身をきちんと同じレベルで、「共同経営者」として扱える平匡さんはとても素敵な人です。

 さて、課題についての解決策はこういうことだったと思います。

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 だましだましでも続けるってことが案外大事なのかもしれないですね。

 このドラマにとても考えさせられました。ドラマが終わってさみしいですが、紅白を楽しみにしています。