中学の同級生に見られたら穴を掘ってブラジルに行きたい

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クリスマスプレゼントと人間らしさ

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 かにゃーです。今月の100分で名著を見ました。今月はレヴィ=ストロースの『野生の思考』です。そこで、話されていたクリスマスや、サンタクロースの話から考えたことについてしのごの書いていきます。

 クリスマスはもともとケルト民族の祭りと言われているそうです。まずは、番組で見たものを自分なりにまとめました。 

ケルト民族の祭り

 昼は生者の時間、夜は死者の時間と考えていたケルト民族は、日がくれるのがもっとも早い冬至は、悪魔たちがやってくると考えていた。そこで、冬至の日はやってきた悪魔にご馳走を振る舞い、もてなし、贈り物を渡し、死者に帰ってもらう祭りを行っていた。祭りでは、子供が悪魔に扮し、ご馳走を食べ、贈り物をもらった。

 そのうち、悪魔に扮するのは子供から大人になり、日本のなまはげのような習慣となった。悪い子はお仕置きされ、いい子にはプレゼントがもらえた。

そのうち、なまはげのような要素はなくなり、プレゼントをくれる現在のサンタクロースに近い習慣となる。

サンタクロースの由来

 キリスト教で贈り物をするのは、キリスト教の聖ニコラウスが最初だとされているそうです。ちなみに、聖ニコラウスの読み方は「ニコラウス」や、「ニコラオス」や、様々なようです。以下、Wikipediaにあった聖ニコラウスの、サンタクロースとの関係です。

 司祭であった時には、かつて豪商であったが財産を失い貧しくなったために娘を売春させなければならないところであった商人の家に、夜中に窓(あるいは煙突とも)から密かに2度、多額の金を投げ入れた。このため持参金も用意して娘達は正式な結婚を行なうことができた。父親は大変喜び、誰が金を投げ入れたのかを知ろうとして見張った。すると3度目に金を投げ入れているニコラオスを見つけたので、父親は足下にひれ伏して涙を流して感謝した。

Wikipedia「ミラのニコラオス」より)

 このようにあり、聖ニコラウスがこの娘さんの家にお金を投げ入れたことが、サンタクロースの起源とする説があるそうです。もともとキリストの誕生祭は質素な行事だったようですが、この聖ニコラウスと贈り物をする本能、また時代が進んで、アメリカの商業主義が入ってくると、それが野生の思考と合致、クリスマス商戦が加熱したそうです。

 ちなみに聖ニコラウスとサンタクロースはどう関係があるのかなと思ったら、以下のようにありました。

 また、ニコラオスは学問の守護聖人として崇められており、アリウス異端と戦った偉大な教父でもあった。教会では聖人として列聖されているため、「聖(セント)ニコラオス」という呼称が使われる。これをオランダ語にすると「シンタクラース」である。オランダでは14世紀頃から聖ニコラウスの命日の12月6日を「シンタクラース祭」として祝う慣習があった。その後、17世紀アメリカに植民したオランダ人が「サンタクロース」と伝え、サンタクロースの語源になったようだ。(Wikipedia「サンタクロース」より)

 つまり、言語によって、読み方が異なるため、それが伝え聞きしていった結果、ということですね。地域や、宗教によって、それぞれですので、書いたことは間違っているかもしれません。何にせよ、ここではそれらの文化の是非を問うつもりはありません。

野生の思考とクリスマスプレゼント

気になったのは、

○人は冬に贈り物をしたいという本能をもっていること

しかも、それぞれが、

○贈り物をする習慣を自分の文化に持つことです。

 そこで、日本についても考えてみましたが、日本でも1年間お世話になった人にお礼の気持ちを込めてお歳暮を贈る習慣があります。

◇冬は贈り物をしたいという本能

 それに、番組で言っていたのは、

◇人間には贈り物をすることで、相手に貸しを作りたいという本能

 があるということでした。

 贈り物をすることで、相手に貸しを作りたいという本能があるというところが面白いと思いました。たしかに、きちんとお礼の気持ちも込めて贈る、その気持ちに嘘はないでしょう。でも、それだけではないというところが、説得力があります。

 何かもらったら、お返しをしたいと思う、しかも、良いお返しをして、優位に立ちたいと思う気持ちが備わっているらしいのです。

 社会集団を維持するには、そういう気持ちも利用して、「贈り物をし合う」という平和的行動で、気持ちを晴らすこともあったんだと思いました。

 例えば、「相手に優位に立ちたいという気持ちは自然です。でも、相手を見下してはいけません。」と語られるだけより、平和的行動で発散できるのが良いでしょう。

 それでも、

 「野生の思考なんて知らんわ。本能なんてもう持ってないわ。そもそも、お金がないのに、誰にもプレゼントなんてしたくない。そんな気持ちになるくらいなら、一人でいたい。」と思う人も多いかもしれません。

資本主義と野生の思考のバランス

 話は少し変わりますが、資本主義は孤独を助長する主義だっていうのを聞いたことがあります。どういうことかというと、「より早く、より多く、物を売る」というのが、資本主義だとすると、

 家族に一台テレビを買わせるより、一人一台テレビを買わせた方がもうかる。だから、子供部屋に、寝室に、お風呂に、対応する大きさと性能のテレビを作って売る。そうすると、自分で、好きなテレビを好きな時間に見ることができる。でも、その分、家族と一緒にいなくても、一人でいる時間が増えるということ。単純にテレビの例だけでなく、多くのものがそうなんだということだそうです。

 便利は孤独を生む、でもそれでも良いと思わせてくれる、物とお金さえあれば、一人でも生きていけるのかもしれない。それで良いと思えるなら。

 ここまで、まとめて何を考えたかというと、野生の思考と経済活動のバランスが崩れると、資本主義も衰退していくということではないかということです。

 

 野生の思考+資本主義

→クリスマスプレゼント商戦

→経済効果

 ここまでは野生の思考と資本主義のバランスが取れていた。

→資本主義の行き過ぎ

→もう欲しいものはだいたい持った

→みんな同じものを持っているから贈り物をしない。

(冬には贈り物をしたいとう野生の思考が衰退、集団でいることもなくなる)

→一人でも大丈夫なように物を更に揃える

→もうなにもいらない。

→(物が売れないので資本主義も衰退していく)

 

 乱暴な図式ですが、こういうことではないかと思ったのです。それで、おそらく、学者はこれにきちんと根拠や論理を立てて書いているのではないかと。 

まとめ

 しのごの言って参りましたが、誰かに贈り物をしたいと思っているうちは、人間らしく暮らせるのではないかということを、まとめにしたいと思います。資本主義に躍らされるだけでなく、冬に誰かに贈り物をしたいというもともとの気持ちは、人間として自然にあるものだそうですから。

 

【引用】

Wikipedia「ミラのニコラオス

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ミラのニコラオス

(2016.12.23参照)

Wikipedia「サンタクロース」

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/サンタクロース

(2016.12.23参照)