中学の同級生に見られたら穴を掘ってブラジルに行きたい

脳脊髄液減少症を再発し、闘病中。「中学の同級生に見られたら穴を掘ってブラジルに行きたい」というのは、最初は精神的なことを書いていたので中学校の同級生に見られたら恥ずかしい内容という意味で付けました。

SMAPさんとその下の世代について思うこと。

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 小さい頃からSMAPがテレビに出ていることが当たり前だった。私が生まれる前から働いている彼らが、解散する。先日、スマスマが放送を終了した。

 母は小さな私を寝かしつけてから、スマスマを見ていたらしい。うちにはMIJのDVDがある。一時期、我が家には、SMAPライブDVDを見るブームがきた。大学生になったとき、友達に誘われ、コンサートに行くことができた。SMAPのコンサートは時間がとても長く、歌にダンスに、コントに、ファンとの交流コーナーに、盛りだくさんだった。ファンは長年応援しているからか、落ち着いていた。

 スマスマが放送を終了した日の夜、Twitterを開くと多くの人がSMAPについて呟いていた。

 本人たちから何も言わないことを嘆くもの、「ラストステージ」とアナウンサーが言うことに反発するもの、世界に一つだけの花のみの収録に残念がるもの、最後の礼は謝罪だと捉えるもの、感謝だと捉えるもの。様々に、SMAPについて呟いていた。

 気になったのは「ファンじゃなかったけど、寂しい!」系の呟きだった。

 私も同じことを思っていた。

 最近、スマスマはほとんど見ていなかった。CDは買っていないし、ドラマもチェックしていないし、CMが流れても、以前のようなときめきはなかった。だから、ファンではないと思っていた。

 だが、最終回の総集編を見たらどうだ!知っているものばかりじゃないか。ソフトバンクのCMはどうだ!懐かしい気持ちと、ときめきで溢れているじゃないか。自分のiPodではどうだ!!オレンジとオリジナルスマイルをよく聞いてるじゃないか。

 あれ、大好きなんじゃん。そうか、SMAPは、今まで気づかないほど、生活に馴染んでいたんだ。それが、「国民的アイドル」だったんだ。

 たぶん、「ファンじゃなかったけど」と呟いた人は、ずっと応援していた人とはちがうけれど、という意味で「ファンじゃなかった」と言っている。みんな好きだったんだ。でも、馴染みすぎて、改めて、ファンだと公言しなかっただけだ。

 

 さて、今回のことでアイドルを続けるということについて、考えさせられた。

 なぜかというと、あんなに5人で楽しそうにお泊まりロケしている人が、泣きながら「BEST FRIEND」を歌う人が、仲違いで解散するとは思えないからだ。

 SMAPの前には、こんなに長くアイドルグループを続けたものはいない。歌って、踊って、笑顔を届けるのは、自分の中の違和感と折り合いをつけることが必要なのだろう。その違和感をずっと抱えていて、おじさんになったらどうするんだという疑問にも、自分で答えを出すしかない。SMAPはずっと開拓者だった。誰も通らないアイドルの道を突き進み、開拓してきた。でも、もう、これ以外に答えがなかったんだ。スターの引き際というのは、本当に、大事なんだと、この一件で感じた。

 下の代のアイドルはどうするんだろうか。嵐はとても仲良しに見えるし、あの5人の雰囲気が大好きだ。でも、あと何年かしたら、解散するのだろうか。

 願うのは、無理しないで欲しいということだ。もちろん、アイドルという職業が、無理しないと続かないのはファンでも少しは分かる。でも、無理して、ずっと5人で、毎週番組をやって、解散してしまうより、節目に揃って、歌番組に出てくれた方が嬉しい。

 周囲の人は考えて欲しい。長く続けたアイドルグループが、そのあとも、存続できる方法を。そのあとも続ける方法を。仲違いしても、決定的にならないような仕事の方法を。異動がない、アイドルに、何か異動のようなもので、良い距離感でいられるものを。

 

そう考えてしまう。

 

 今までありがとう、SMAPさん。個々の活動で、今後のご活躍をお祈りします。