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中学の同級生に見られたら穴を掘ってブラジルに行きたい

脳脊髄液減少症を再発し、闘病中。寝たきりだけど、言いたい!

死にたかったあの時

本当につらいことを忘れないように

 かにゃーです。どうでも良い記事ばかり書いていますが、忘れないうちに、一番つらかったときのことを今のうちに書いておこうと思いました。

 それは、去年、6月のブラッドパッチの後、半年の休職を経て、秋に復帰した時でした。職場では、自分が何も出来ないことで、自分が無価値な人間に思え、よく涙が出ました。

 治った時に、たくさん働いて、恩返ししたら良いよといってくださる人々への申し訳なさが拭えず、身体の面では、ずっとつきまとう倦怠感が日に日にひどくなっていき、症状がまた増えていくことへの恐怖感もありました。

 その時の自分のTwitterにはたくさん「つらい」と残しています。

日常がつらい。ただ職場に行って帰るだけなのに、それがつらい。これを終わりにしたいから死という考え方がずっとついて回っている。もちろんよく分かっている。ものすごく恵まれている環境であることを。死んだら色々問題になることも。でも、いつこの「体調不良」から開放されるんだろうか。

 https://twitter.com/kanya_nouseki/status/796297997097136128

  職場では、上司が私の身体を心配して仕事を減らしてくれました。それでも、治るような気がしません。ブラッドパッチは効果があったはずなのに、倦怠感が続きます。

 本当は働いて、貢献したいのに、何もできない。

 毎日毎日、「明日は行けるだろうか?」と恐怖にも似た気持ちを抱えながらじりじりとやっていくことが、精神的にも自分を追い込んでいきました。その時の倦怠感を表したのが、このツイートでした。

 【倦怠感】身体の中にある血液や骨や組織なんかがどろどろになって皮膚という袋に入っていて、形を作っている。それを真ん中にある心がなんとか動かして、生きている。ほんの少しで袋が破けて身体がばらばらになってしまうんじゃないか。そんな混沌を抱えている。自分を泥人形のように感じる。 

https://twitter.com/kanya_nouseki/status/797023244196773888

  歩いていても身体がついてこない、何とか心だけで踏ん張って、身体を引きずって、出勤途中に歩けなくなって、休んで、涙が出て。それでも、私は働きたいと思っていました。だから、無理してでも、とにかく通わなきゃって、思っていました。そうしないと、自分が無価値な人間であると思ったのです。そして、気づかってくれる周囲の人々への申し訳なさがどんどん増していきました。

 でも、私は結局、数週間しか動くことができず、また寝たきりに戻ります。今考えれば、まだ働ける体ではなかったのだと思います。それなのに、自分で自分を追い込んでいました。

 寝たきりに戻ると、あまりに不甲斐ない現状に絶望し、「死」という解決策を頻繁に考えていました。

こんなこと言うもんじゃないって分かってる。生きたくても生きられない人もいるって分かってるけど、生きてるだけでストレスだ。起きると世界がぐらぐらと揺れていて、気持ち悪い。もう、どうしろっていうんだろう。

https://twitter.com/kanya_nouseki/status/799446835370729472

 当時、「死」という解決策はとても簡単に思えました。本当に馬鹿な考えなんですが。

 リセットしたいという気持ちに取りつかれました。

 この倦怠感、目眩、頭痛、様々な症状から、社会的に無価値な自分から、将来への不安から。

 逃げたい、終わりにしたい、家族や友達や、恋人や、職場の人には申し訳ないけれど、そんなこと知ったこっちゃない。

 今の苦しみに比べれば。私一人いなくなっても、この世界自体は何も変わらない。毎日毎日、考えました。世界の歯車にもなれない私は、消えてなくなっても、何も変わらない。私を知っている人が悲しんでも、悲しみを共有して、そのうち忘れてくれれば良い。

 私を失った後の世界なんて。

 そんなこと、知ったこっちゃない。

 私は、私は、私は。

 

 そういう風に、何も分かっていないのに、死についてばかり考えていました。自分のことばかり考えていました。

 でも、これは異常だと思いました。今まできちんと生きてきた自負はあったのです。恵まれているのに自ら死を選ぶのはおかしい。

 しかも、苦しめているのは自分自身でした。

 当時、つらいと言えた相手は、恋人だけでした。恋人には申し訳ないことをしたと思っています。一人だけに話すのは解決することを求めているようで、その人を暗い方へ引っ張っているだけでした。もちろん、話さないでいるよりずっと良いけれど。

 なぜ、友達につらいことを話せないのか。それは、変な自分のプライドでした。復帰したことを報告していたので、また具合悪くなったって言えない、勝手にそう思っていました。

 

 でも、死ぬつもりなら、変なプライドとかどうでも良いわって、どうせ死ぬつもりなら、友達に片っ端から連絡してからでも良いわ。最後に迷惑かけても良いだろ。恥ずかしさも死んだらなくなるじゃない。そんな変な開き直りで、友達に連絡しました。

 それが、私を救ってくれました。

 LINEや電話で、そして家に来てくれて、変に気を使わず、みんな楽しく喋って、笑って、帰っていきました。それが、本当に救ってくれました。

 今もまだ家から出られませんが、生まれ変わった気持ちで、あの時ほどつらくはありません。今の目標は、友達と遊びに行けるほど回復することです。社会復帰はその後の目標です。少しずつ、叶えていきたいと思います。