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中学の同級生に見られたら穴を掘ってブラジルに行きたい

脳脊髄液減少症を再発し、闘病中。寝たきりだけど、言いたい!

批判ばかりしている空っぽな人々

批判ばかりしている人々とは

 これは自分について思ったことだ。

 気づいてしまった。

 Twitterやらブログやらで、何か書いていることや、深く分析したいものは、常に誰かが作ったものだ。自分が生み出したものではない。誰かが作ったものに、良いとか、悪いとか言って、ネット上を無駄に使っている。

 そして、主にそれは悪いと思ったことが始まりになって書いている。こいつはつまらない、面白くない、すべってる。そういう感情でネットを開いてしまう。

 だいたい、私には嫌いなものが多すぎる。そして、そういう嫌いなものを面白おかしく話してくれる人が好きだ。悪口を笑いに昇華してくれる人々が好きだ。

 でも、私が思ったことや、呟いてしまうことはただの悪口だ。私は分析することは好きだが、何かを生み出すことはできていない。

 能力がなくったって、悪口は誰にでも言える。隣に行って、いや、隠れて「つまらない」と一言言えば、それで良いからだ。

 私はそういうことをしている。

 能力もないくせに噛みついている人たちと同じだ。ネットっていうのは、そういう場だから、誰が何を書くかは自由だ。

 でも、そんなの低俗すぎる。大きなメディアに出られない人も、自分の表現ができるように開かれた世界なのに、自ら悪口を垂れ流す場所にしなくても良いではないか。

 トイレのイタズラ書きを「表現」と呼ぶならそれで構わないが。

 何か垂れ流すならもっと、ましなものを垂れ流したい。でも、他人を批判して、自分に戻ると、自分には何もないような気がする。

 気づかなきゃ良かった。「つまらない」と思った人の文や、動画さえ、自分ではできないことをしていることに。

 顔を出して、甘んじて批判を受け入れている人々は、自分とはちがう。自分には何もない。個人を特定できるようにして、覚悟を持って、発信したいことなんて。そういう人は黙ってることが一番良いのだろうか?

 でも、黙ってるなんてできないのだ。だから、もう少しましなものを、もう少しましなものを。そう思って書いていこう。