中学の同級生に見られたら穴を掘ってブラジルに行きたい

脳脊髄液減少症を再発し、闘病中。とにかく、言いたい!

今の状況と分人主義と

分人主義という考え方を知った

 平野啓一郎の分人主義の本を読んだ。かなり簡単勝乱暴にまとめると、「人には表裏があるのではなく、そのコミュニケーションする相手によって、分人が形成される。全てを統合したものが自分だ。」という内容だった。

 なるほど、この考え方で、自分自身にあてはめてみた。

つらかった時期

 病が一番つらく、精神的にも「死」を意識したとき、強くあったのは、「心を閉じている」という感覚だった。限られた人格が、自分を統制していて、「病人は苦しい、そのことは誰にも通用しない。」とずっと考えておた。そして、誰にも理解されないなら、死を選んでも、誰にも迷惑にならないということだった。

 今になってみれば、これは、自分だけの分人で生きるというのは、とても苦しいというのを実感した体験だった。自分の人格が限られていくのは苦しい。思いや考えが内に、内に、閉じていく感覚は苦しい。

 家族と話していても、必要最低限のことしか言わない。友達には連絡しない。そうすると自分の分人の比率がどんどん高くなる。周囲と接しようとしなければ、他の分人が育たないので、余計に自分の分人が大きくなる。自分の分人は風通しの悪い環境で育っていくので、性格の悪いヤツが育っていく、というような感じだった。

 こんな体験から学んだことは、「人は一人では生きていけない」ということや、「心を他人に開いた方が良い」とか、言葉にすればありきたりになることだった。

 閉じていく生活は「死」を意識し、恥を捨てて、友達に片っ端から連絡した結果、すぐに終わったからだ。自分の分人の形成より、他人との分人が育つことで、心を開いていく方向に自然に向いた。労力を使うことだったが、自分一人の時の分人よりずっと付き合いやすかった。何より、友達が連絡をくれるのは嬉しかったし、楽しかった。

 

勘違いと、これからと。

 ずっと、自分の中には、豊かな感覚が眠っていると勘違いしていた。(今でもしている。)

 でも、たぶん、私の中には限られた分人しかいない。それは、私の心が貧しいからではなく、人間として普通のことなんだと思う。

 私の中に住む分人には、シニカルなヤツがいる。幸せを茶化したり、失敗を嘲笑ったりするやつがいる。でも、そいつは細かいことに気を配り、神経をすり減らしているヤツでもある。私はこいつとさよならすることができない。どちらかと言えば、さよならしたくない。私の面白いと思うものには、シニカルが含まれているからだ。ただただハッピーには、入り込むすき間がない。

 この、シニカル野郎と上手く付き合っていくのが良い。自分や他人を必要以上に傷つけたりしないように。上手く出したり、引いたりするんだ。

 それでいうと、他人といる時の分人は、自分でスイッチングできるものではないという。もし、「分人化」が上手くいかなければ、(個人的分人が出来るほど親しくならないこと)それは、自分のせいだが、半分は相手のせいだという。確かにそうだ。そうだ!

 何かを思う自分と、それを思わせる相手によって、分人が出来る。

 上手くいかない時だけではない。上手く分人化が出来たのも、相手のおかげだが、半分は自分の手柄だ。良い分人が形成できた自分を誉めてあげよう。

 

改めて、病人と分人

 病人だから、つらい時もある。苦しい、苦しいと思う分人、楽しい人生を送る誰かを皮肉る分人が出てくる。

 でも、病人にも楽しい時はある。テレビでお笑いを見てる時、ラジオで巧みなトークを聞いている時。友達が訪ねて来てくれた時。自分の症状が少しずつ良くなっていることを感じた時。

 そのような時々に、「浮かれるな。また結局、自分の思い通りにはならないことが起きる。」とシニカル野郎が来て、釘を刺すようなことを言っていた。(言っている。)

 でも、私の中に住む分人は、シニカル野郎だけではない。きちんと物事を考えられるやつ、明るい気分にさせるやつ、素直に喜べるやつ、みんな住んでいる。

 シニカル野郎は、そういうやつの分人権を奪おうとしていた。

 それは、ポジティブになることでも、ネガティブになることでもない。普通に過ごすことだ。そうやって、自分の色んな分人と付き合っていこう。自分の全てを否定する必要はどこにもない。なぜなら、自分の一部は誰かが作ってくれたものだからだ。そう考えると、楽になってきた。